2010/8/9 MON
このブログやかめさん流スローな投資術の
読者からいただくメールによくあるのが
「かめさんって、本当サッカーが好きなんですネ」
という一文(^^ゞ
特にかめさん流スローな投資術には
一言もサッカーのことは書いていないのに、
ブログを見ると3日に1回くらいはサッカー・・・
まあ、好きなんでお許しを<(_ _)>
でも、サッカーは世界の言葉、というくらいで、
サッカーを知れば、世界が見えるのは真実。
例えば今月1日の朝日新聞朝刊に載っていた
「70年代アルゼンチンの左翼狩り、
孫101人奪還 祖母ら執念」の記事。
70年代後半、当時のアルゼンチン軍事独裁政権が
独裁に抵抗する左翼の若者を拷問のうえ、殺害。
その数3万人とも言われています。
この中には妊娠中の女性もおり、強制収容所で出産。
女性やその夫はその後殺され、
残された孤児は親のような左翼思想に染まらないように、
独裁政権の協力者や将校らが養子にすることが多かったようです。
時は流れて世界中の非難を浴びた軍事独裁政権は崩壊、
左翼狩りで子供たちを殺された女性たちが、
その際連れ去られた孫たちを取り戻す活動を報じたのが、
朝日新聞の見出し、という訳です=^_^=
日本から見るとちょうど地球の裏側にあたるアルゼンチン。
1978年W杯でアルゼンチンが地元開催初優勝を飾らなければ、
多分軍事独裁政権の存在すら知らなかった、かめさん。
ブエノスアイレスのリバープレートスタジアムに舞う紙吹雪と、
エル・マタドール(闘牛士)こと
マリオ・ケンペスの突進で有名なこのW杯。
でも軍事独裁政権が作り出した優勝、ともいわれています。
二次リーグ最終戦のペルー戦。
アルゼンチンは4点差以上で勝たなければ
決勝進出ができない立場でしたが、
6-0で圧勝、いまだ八百長、買収説が根強く語られています(^^ゞ
そして、1-1で延長に突入したオランダとの決勝。
当時は現在のように5分の休憩をピッチ上でとる必要はなく、
ロッカールームから登場したアルゼンチン選手には
90分間の激闘の疲れがみじんも見えず、
延長戦では、
むしろリフレッシュしたような動きに見えたことから、
いまだドービングのうわさが絶えません(^^ゞ
いずれもサッカーの歴史の中で噂としてうずもれてしまうでしょう。
でも、30年余り前の軍事政権の暗い過去を
現代にタイムスリップさせた朝日の記事と、
78年W杯アルゼンチン優勝の記憶とをオーバーラップさせると、
より鮮やかな画像が焦点を結びます。
今日もサッカー馬鹿の我田引水、
と自嘲しながらコラムを書き終えた、
かめさんでした=^_^=