2011/8/5 FRI
スポニチ1面に
昨日逝去した松田直樹選手を悼み
「サッカーの神様、あんまりだよ」
の文字。
気持ちはとても分かるのですが、
もし、もし仮に、
松田選手の天命が34歳と定められていたのなら、
サッカーの神様は決して不公平じゃなかった、
と思う、かめさん。
新人で入団して以来16年間、
横浜マリノス一筋で過ごし、
マリノスで現役を終わりたいと公言してきた松田。
昨シーズン、
突然の戦力外通知は相当ショックだったでしょう。
それでも
「もっとまじサッカーやりたいです」
と移籍した3部リーグ相当のJFL、
松本山雅(やまが)
山雅というチーム名は
松本駅前にあった喫茶店の名前。
長野県のサッカー国体選抜チームのたまり場でした。
1965年創設以来、
特定の企業スポンサーを持たず、
選手の多くがアルバイトをしながらサッカーを続ける環境。
ホーム・スタジアムはアルウィン。
アルプスとウインドウから名づけられた美しいスタンドは
かめさんが一度行ってみたいスタジアムの一つ。
そんな松本山雅が迎えた松田は
センターバックで183センチの長身、
相手を屈強な身体能力で跳ね返すファイター
というイメージが強いんですが
実はマリノスで最も足元の技術が高い選手。
山雅の選手たちの生きたお手本でした。
代表キャップ40やW杯、五輪の輝かしい戦績に
面倒見の良い性格もあいまって、
松本の街で熱狂的に迎えられた松田。
J1→JFLへの移籍と言うと、
ネガティブにとらえられがちですが、
松田が松本で過ごした最後の数カ月は
とても幸せだったと思う、かめさん。
山雅のユニフォームをまとって旅立つ松田の顔は
優しい笑みを浮かべていたそうです。
合掌。